第2章、ブレーキ痕と速度の関係

2-3、2010年6月のバイク事故

近年、ABSの発達により、ブレーキ痕を生じない(非常にブレーキ痕が見え難い)事故の様態が増えています。

また同時に、事故の起きる場所は集中してヒヤリハット(事故は起きなかったが、その直前の危険を感じる状況)も多く起きている事が多く、常に多数のブレーキ痕が路上に存在していて、どれが事故のブレーキ痕なのか判断が難しいケースもあります。

その様な『ブレーキ痕がはっきりしない現場』では、幾つかの条件を仮定して事故の様態を検証します。

2010事故、現場図


この図は2010年6月に愛知県で起きた事故で、『バイク(カブ)×普通車(ミニバン)』が衝突した際の状況を表した実況見分調書からの抜粋です。

この事故は『被害者側が損保から訴えられる』と言う、トンチンカンな裁判でした。

(誤解を生まない様、以下では通常の被害者・加害者・原告・被告といった表現を控えます。)

現場は左右見通しの悪い交差点。

2010事故、現場ブラインド図


バイクは図を上から下に、普通車は左から右に移動した際に衝突。

(バイクは一時停止し、安全確認後、交差点内に進入。)

2010事故、現場衝突までの軌跡図


問題なのは、バイクのライダー(以下ライダー)は⑥の先の路肩まで吹き飛ばされているにも関わらず、ミニバンの運転手は「⑤で停止した」と言い張っている点です。

2010事故、現場衝突までの軌跡図


バイクライダーの体は…

僕の主張する『①ミニバンに引きずられて路肩まで移動した』

損保の主張する『②吹き飛ばされて路肩まで移動した』(人体飛翔)

どちらの主張が正しいのでしょうか?

一度、考えてみてください。

あと、いつも通り『僕をはじめ、全ての交通事故の主張は疑って』見る様にしてください!

現場は前述した様に『ヒヤリハットが多い場所』で、事故の際のブレーキ痕は不明な状況でした。

以下ではブレーキ痕に頼らず、現場の状況から速度値を逆算します。

詳細は弊社のHPの『鑑定例』にも書いてあります。

(※http://win-d-net.co.jp/solution.htmlご参照ください。)

ただ、本件について、損保側だけでなく他の交通事故鑑定人からも「人体飛翔をしたのでは?」と言う指摘が有ったのですが、僕はその可能性は0に等しいと判断しました。

鑑定に与える影響も大きいので、まず先に『人体飛翔が起きない理由』について次項で説明します。

ポイントその15: 誰が何を言って来ようが、自分が調べた結果を最重視する!

2-4、必ずしも人体飛翔は起きない

先に答えを言います。

この事故ではバイクライダーは右足を開放骨折しています。

だから『人体飛翔はしていない』と断言できるのです!!

分かりましたか?(分かり難いですよね!?(笑))

大丈夫です! 実は、プロ交通事故鑑定人ですら、全然違う答えを出す人がゴロゴロ居る問題なのです。

それでは、結論に至った理由について解説を行います。

まず、『人体飛翔』とは、歩行者や二輪が四輪に衝突した際、その衝撃で歩行者や二輪の搭乗者の体が吹き飛ばされる現象です。

(この時吹き飛ばされた距離や方向によって、衝突前の速度の状況を推察する事が可能です。)

人体飛翔


『人体飛翔には物理式が存在』していて、交通事故鑑定人が好んで使いたがる理論なのですが、残念ながらこの事故には当てはまりません。

『歩行者や二輪が事故に遭ったら、人体を飛ばせば良い!』と判で押したように考えているプロ鑑定人が居ますが、実際には人体飛翔が当てはまらないケースは数多く存在しています。

本件は人体飛翔には該当しない例外に当たるケースなので、覚えておくと何かの役に立つかもしれません。

この事故のポイントは2点!

・バイクに対して、自動車の横からの衝撃

・ライダーの右脚(脛(すね)部分)の開放骨折

以上の事から、『人体飛翔は起きなかった』との結論に達します。

【解説】

バイクと普通車が衝突した際、大きな衝撃が発生します。

ミニバン破損写真


その際、ライダーの体が衝突時の衝撃で吹き飛ばされる事があります。(人体飛翔)

しかし、本件の事故では人体飛翔はしませんでした。

なぜなら、バイクと自動車の間にライダーの右足首が挟まったからです。

ミニバン&バイク衝突図


自動車で一番前に位置する部分はバンパーです。

写真からも、衝突時の衝撃でバイクの右ステップがバンパーを突き破る程の勢いだった事が確認できます。

ミニバン破損写真(バンパー)


ライダーの体は衝突の衝撃でミニバンの進行方向に吹き飛ばされるも、右足はバンパーに押さえつけられた状態になります。

だから、右脛(すね)が開放骨折(骨折した骨が皮膚を突き破って出る状態)になったのです。

しかも、バイクは横方向には動かないので、『ミニバンが停止して後進するまで、ライダーの右足はバンパーとバイクに挟まった状態のまま』です。

損保側の『衝突時の衝撃で開放骨折をさせて、その後、バイクは交差点付近に止まって、人体だけ飛ばされた!』…と言う説明だと、完全に矛盾しているのです。

どこかで誰かがイカサマをしています。

-次項『2-5、人体飛翔だと矛盾する理由』に つづく-

ポイントその16: 物理現象を説明する上で、怪我の状態も重要な証拠になる!