第2章、ブレーキ痕と速度の関係
2-1、ブレーキ痕の長さと速度の関係式
衝突前に危険を察知してブレーキをした場合、道路上にブレーキ痕が残されている事があります。
これはABS(アンチロック・ブレーキ・システム)搭載車の場合でも同様で、ABSが作動するとブレーキ痕は点線状に残されます。
通常、
停止距離 = 空走距離 + 制動距離
で求められます。
・空走距離の間はタイヤ痕は残りません。
・制動距離の間にタイヤ痕が発生します。
制動距離(ブレーキ痕)の長さによって、制動前の速度を逆算する事ができます。
V(km/h)=√254×摩擦係数μ×制動距離L(m)
【路面の状況と摩擦係数μとの関係】状況 | 摩擦係数μ |
---|---|
アスファルト(ドライ) | 0.75~0.85 |
アスファルト(ウェット) | 0.6~0.4 |
積雪路 | 0.5~0.2 |
氷結路 | 0.2~0.1 |
例えば、事故当時『晴天』だった現場の道路上に『4.8mのブレーキ痕』が残されていた場合…
V=√4.8×254×(0.75~0.85)
V=30.239…~32.191…
以上より、制動前(ブレーキが効く直前)の車両の速度は30.2~32.1km/h程だったと逆算できます。
ただ、ブレーキを掛けて、衝突前に停止できていたら、事故は起きていません。
止まれずに衝突したと言う事は、『実際にはブレーキ痕の長さよりも、もっと高い速度だった』事を意味します。
ブレーキ痕+破壊E=事故直前の車両の速度
になります。
つまり、破壊で消費されたエネルギーに相当する速度を求めた上で、更にタイヤのブレーキ痕で消費した分のエネルギーを上乗せして事故直前の速度値を算出する必要が有るのです。
ポイントその13: ブレーキ痕の長さから、そこで消費されたエネルギーを逆算!
2-2、式『 V=√254μL 』の持つ意味
ここで、『物理的な考察の要点』について説明します。
前述の関係式
V(km/h)=√254×摩擦係数μ×制動距離L(m)
を見た際、多くの人は、
上の式に『路面の摩擦係数μ(晴天なら0.7~0.85)』と『制動距離(タイヤ痕の長さ)』を代入すれば、速度V(km/h)を計算できる!
と、『速度を求める式』だと勘違いしてしまうのです。
確かに、それでも間違いではありませんが50点です。 残り半分の理解が足りません。
物理的な考察を深める為に、必ず『エネルギー』を中心にして考える様にしてください。
全ての事象をJ(ジュール)に直して考え直すと、本質が理解しやすくなります。
前述の関係式
V(km/h)=√254×μ(摩擦係数)×L(ブレーキ痕の長さ(m))
は、『摩擦によるエネルギー消費(仕事)』と『運動エネルギー』とをイコールで結ぶ事で作成できます。
μmgL=1/2 mv2…①
【左辺】:ブレーキ痕L(m)で、消費したエネルギー
【右辺】:速度vでの運動エネルギー
左辺も右辺も、どちらもエネルギーを表しており、単位はジュール(J)です。
μmgL=1/2 mv2…①より、
両辺を質量mで割って、 μgL=1/2 v2
両辺に×2して、 2μgL=v2…②
速度v(m/s)をV(km/h)で表すと、 2μgL=(V/3.6)2
重力加速度g(m/s2)=9.8(m/s2)を代入、 19.6μL=(V/3.6)2
両辺に×(3.6)2 すると、 19.6μL×(3.6)2=V2
254.016μL=V2より√254.016μL=V(km/h)となります。
小数点以下の0.016を省略して、V(km/h)=√254μL
以上、便宜上省略して表現しているのです。(厳密には、V=√254.016μL)
秒速で用いる場合は、上式②を平方したv(m/s)=√2μgL (=√19.6μL)を用いてください。
以上、『ブレーキ痕の長さと、速度との関係』の原点になっているのは①の式 μmgL=1/2 mv2 なのです。
物理式を用いて現象を数値化する場合には、単位を統一して等式を作る事が基本になります。
ただ、①の式は『何にも衝突せず、速度vから停止するまでに描くブレーキ痕の長さ』を表しています。
通常の事故は衝突を伴うので、次の式を用います。
1/2 mv02=μmgL+1/2 mv12 …③
式だけを見ると何を言っているのかピンと来難いですが、左辺の『1/2 mv02』はブレーキ前の速度が持つ運動エネルギーを示し、右辺の『μmgL』はブレーキ(痕)によって消費されたエネルギー、『1/2 mv12』はブレーキ後の速度が持つ運動エネルギー(衝突時の速度)を表します。
③ | ① | ② | ||
---|---|---|---|---|
総運動 エネルギー |
= | ブレーキで消費 したエネルギー |
+ | 衝突時の運動 エネルギー |
①路上のブレーキ痕発生時に消費したエネルギー
②衝突時の破損で消費した運動エネルギー
①+②の総運動エネルギー③から、事故前の車両の速度を逆算するのです。
単純に『ブレーキ痕の長さ=衝突時の速度』となる事は、実際の交通事故では殆どありません。
『ブレーキ痕=運動エネルギー消費場所の1つ』と考え、ブレーキ痕の長さL(m)からエネルギーを算出する数式である『W(J)=μmgL』の方が実用的だと言えます。
(書籍やWebで広く用いられているのは数式V(km/h)=√254μL の側ですが…。)