第2章、ブレーキ痕と速度の関係

2-11、路面の傷と速度比の関係

実は『ミニバンがどれくらいの舵角で衝突したのか?』は、路面に残された傷から知る事ができます。

ガウジ痕


現場図(+ガウジ痕)


実況見分調書内の図でも、路面に残されたガウジ痕(赤色)は、舵角が少し右に切れ込んだミニバンの様態を示しています。

つまり、バイクが0.2m進む間にミニバンが2m進んだ事でバンパーに丸穴を開ける事ができたので、被告バイクと原告車両の速度比も

ガウジ痕略図


【速度比】

被告バイク : 原告車両 = 0.2 : 2

被告バイク : 原告車両 = 1 : 10

となります。

速度値は不明だが、速度比は1:10である事から、『ミニバンはカブの10倍ほどの速度だった』事が分かります。

事故直後、バイクのギヤは1速でした。

バイク(HONDA『カブ50』)は理論上、1速のギアで18km/hほどの速度を出す事が可能であるが、上述の速度比(カブ:ミニバン = 1:10)と同時に、

・バイクは停止線で停止してから発車している事

・停止線から衝突場所までの距離が4.6mであった事

・バイクの進行方向は上り坂である事

などを考慮すると、接触時の被告バイクの速度は3~5km/hほどであったと予測される。

速度比(1:10)から、ミニバンの速度は30~50km/h程だった事になる。

(この条件は、バイクライダーの主張した「一時停止後に交差点に進入した!」とする内容にも合致する。)

逆に、ミニバン運転手の主張した「バイクが急に飛び出して来た!」とする主張だと、仮にバイクの速度を18km/hとすると、相対的に考えてミニバンが180km/hで走行していた事になってしまいます…。

無論、本件の事故現場の状況には適さない内容であり、「バイクが急に飛び出した!」とするミニバン運転手の主張は、残された物証に合わない内容なのです。

この様に、残された証拠を交えて事故の様態を物理的に示す事ができると、大きなアドバンテージになります。

もちろん誤差等も有るので、前述の机上の理論通りにはならない箇所もあるかもしれませんが、細かい個所はあまり問題にはなりません。

本件だと、『人体飛翔が起きない事』『バイクの速度が低かった事』、(停止線で止まった事)などが明らかになる事で、ライダー側は非常に有利になります。

ライダー側の主張が正しかった事を証明する物証が見つかる事は、裁判ではとても意味の有る事なのです。

残念ながら「やった!」、「やらない!」の水掛け論では埒があきません。

バンパーに残された丸穴なんて、下手をすると軽くスルーしてしまう様な小さな証拠ですが、実はこの件は運良く裁判の序盤に発見できました。

ただ、証拠も証言も万全の態勢で裁判に臨む事ができれば一番良いのですが、実際には難しい事が多いです。

特に本件では『損保側が訴えてきた』事もあり、準備の期間は限られ、被害者が被告にさせられる『加害者扱い』のオープニングでした。

「被害者なんだから、訴えられるわけがない!」…なんて思っていたら、足元をすくわれます!

ご注意を!

そして、交通事故で裁判になったら、裁判中も『何か事故の状況を証明できる手がかりは無いか…』と、最後の最後まで探してみてください。

ポイントその23: 最後の最後まであがく事!

2-12、空走距離の重要性

以上、関係式も存在し、速度も逆算できる前述の制動距離と運動エネルギーの関係式

摩擦で消費するエネルギー=運動エネルギー


は、非常に重要です。

しかし、個人的には『空走距離』もかなり大きな物理的に意味の有る値だと思っています。

『右折×直進』の事故でも、『直進×直進』の事故でも、相手の車両の姿を確認して危険を感じた場所があるはずです。

特に、相手側の速度が遅い場合、『ブレーキを掛ければ衝突前に停止できたはず』の事故も少なくありません。

つまり、前を見ていれば避ける事の出来た事故なのに…『どこを見てたのか?』と聞きたくなる事故案件が存在しているのです。

前述した様に、本件には『空走距離が存在しない』ので、『ミニバンの運転手はどこを見てたのか?』と聞きたくなる状況にバッチリ当てはまります。

細かい計算は省略しますが、図の様な状況になります。

(※気になる人は弊社HPの『鑑定例』(http://win-d-net.co.jp/solution.html)をご参照下さい! また、自力で検算すれば求められます。)

衝突までの位置関係


言いわけを無視して数値だけから判断すると、ミニバン運転手は『バイクの姿が完全に見える状態だった時、事故現場から26.6m以上手前の位置に居た』事が分かります。

そして、その状態から2.09秒後に2台は衝突します。

衝突までの距離とバイクの全体が見える距離


この時、衝突時のミニバンの速度は37.0km/hであったと逆算されます。

現場図


しかもこれは、大サービスして『②~③の間でスピードの変化が無い』と仮定した上での値です。

本件では更に大サービスして『バイクの姿が全て見えてから』を対象にして論述を行っていますが、実際にはミニバンの運転手はバイクの前輪が交差点内に入ってきた時点で危険を察知できるはずです。

想像してみてください!

バイクはワープして急に交差点内に現れたわけではありません。

徐々に進入してきた姿が見えたはずです。

普通なら、バイクの前輪が見えた時点で『危ない!』って気が付きますよね!?

特に、民家の塀や壁による死角の影響の少ないミニバン側は、26.6mよりも更に手前の位置から、バイクが交差点に進入してくる危険を察知できたはずなのです。

この間、ミニバンの運転手は…一体何をしてたのでしょうか?

この時考えられる可能性は2つ。

・ミニバン運転手が前を見ていなかった。(前方不注意)

・ミニバンはかなり高速で走行していた。(速度超過)

現場図


制動距離から考えても、③の地点でミニバンの速度は46.7km/h程であった事が明らかなので、この時点で既に『制限速度を15km/h以上超過している』事が明らかです。(現場の制限速度:30km/h。)

②~③の間もブレーキを行っていたとすると、ミニバンの速度は71.5…km/hほどであったと逆算されます。

現場図


(※ 本当は22.0m以上離れているはずですが、実況見分調書での②~③間は16.5mなので、『もしもミニバン運転手の主張が正しかったとしても…』の意味として、譲歩した値である16.5mで計算を行った。 12.3=4.6+2.6+5.1(m))

つまり、ミニバン運転手が前を見ていた場合、『前を見ていても止まれなかった速度』…即ち、15km/h以上の速度超過ではなく30km/h以上の速度超過で重過失扱いにランクアップする。(過失割合が1割増→2割増へ!)

逆にミニバン運転手が前を見ていなかった場合、前方不注意によって同様に過失割合が1割増えます。(更に16.7km/hの速度超過で、プラス過失が1割増。)

ミニバン運転手が『前を見ていたけど故意に衝突した』場合…殺人未遂になるので、過失割合どころの騒ぎではなく、完全に『事件』になってしまいます。

(どちらに転んでも、ミニバンの過失が2割増しになる事が分かります。 ただ、僕の鑑定では、事故の際に『「キキキキキキッ!」と、けたたましいブレーキ音の後で「ドン! ザ~!」と言う大きな衝突音を聞いている目撃情報』から、『ミニバンは30km/h以上の速度超過によって止まれなかった』と推察します。 ※ 衝突前にけたたましいブレーキ音が鳴るだけの『距離』が必要になるからです。 もしも前方不注意だったら、衝突後の音の方が長くなります。)

以上の様に、空走距離の有無と速度との関係を考慮しながら事故の様態を逆算すると、辻褄の合わない事が明らかになります。

無論、実際には誤差も有るので、ここで計算した値が必ずしも事故の様態と全て合致するとは限りません。

予想から若干値がズレる可能性も有ります。

ただ、60km/h以上で重過失が認められる道路で、ミニバンが71.5km/h以上で走行していた可能性が高い証拠は、1つの興味深い値だと言えます。

事実を明らかにする指標として、『基本的な物理での考察』を行う事はとても有効です。

路面の摩擦係数やバイクの速度には幅が有ります。

ですが、これらの値によってミニバンの取り得る速度が決まる関係式が存在していれば、事故の際に考えられる速度の範囲は大幅に狭まるのです。

(都合が良い様にそれぞれの値を大きくしたり小さくしたりはできなくなります。)

現場に残された証拠から逆算できる事柄を可能な限り1つでも多く探してみてください。

無実を証明する為の『大きな鍵』になるかもしれません。

ポイントその24: 1つの事実から、別の真実を導く事ができる!